「楽しい!」が最大のご褒美
前回、内的報酬という言葉を使いましたが、それはいったい何でしょうか。
簡単に言うと、物質的、金銭的に何も得るものがなくても心の内面に出てくる気持ち(楽しい、嬉しい、満足など)の事です。内的報酬を目的として行動ができるようになると、物やお金などの外的な報酬がなくてもその活動に取り組むようになります。
内的報酬と表現すると難しそうに感じるかもしれませんが、難しく考える必要はありません。
もし子供がゲームにハマっているなら、それは完全に内的報酬によってハマっているのです。「ゲームをしたらお金をあげる」なんてことを約束している家庭はありませんし、する必要もなくゲームを楽しんでいるはずです。
ただゲームをした時の楽しいという気持ちで延々と楽しめる。これが内的報酬を目的とした行動です。
前回、楽しくない勉強の取り組み方について語りましたが、理屈だけ言うと「勉強をゲームのように楽しめれば親が何も言わなくても勉強をすすんでする」ようになるわけです。勉強をゲームのように楽しむ。そんな事が可能なのでしょうか。
例えば、私はこのブログを書くために、ゲームやネットの依存に関する本にはじまり、ゲームの学びの本、学びとは何か等いろいろな本を読んで勉強しましたがまったく苦に感じていません。むしろ次々と新しいことを知れたり、頭の中でもやもやしていたものがつながったりして楽しいくらいです。
大人の勉強と子供の勉強は違う、という人がいるかもしれません。子供の勉強は定期的にテストがあり、そのテストで良い点数を取る必要があり、そのための勉強も必要なのだという人もいるでしょう。しかし、テストで点をつけるのは先生が子供評価するためにやっていることであり、子供が何かを学ぶためにあるわけではありません。例えば英語の単語や文法を覚えてテストで点数を取れたとして、外国の人に何一つ自分の思っていることを話せないとしたら、これは英語を学んだと言えるのでしょうか。学ぶってどういうことでしょうか。これを深く語るには学びについての整理が必要なのでまたの機会に語ることにしましょう。
さて、ゲームの面白さを勉強に取り入れる手法はたくさんあります。
「ゲーミフィケーション」はそういった手法のうちのひとつです。勉強をゲームの様にして楽しみながら取り組もうというものです。しかし、下手なゲーミフィケーションはまさに「ゲームの様な」姿をしているだけでゲームの様には楽しめません。なぜなら「ゲームの面白さ」は具体的にどのようなものかを掘り下げていないからです。
我々はデジタルゲームの楽しさの要素を見てきました。この要素を元にして、ゲームの楽しさを取り入れた勉強とはどんなものかを、次回、考えてみましょう。

