家事とゲームとARG

本当はもっと先に書く予定でしたが、印象的な出来事があったので先に書きたいと思います。今回はART(代替現実ゲーム)の話です。

みんさんは家事という言葉にどのような印象をもっていますか?

面倒とか、つまらないとか、そういうネガティブな印象が先にくるでしょうか。

しかしよく考えてみてください。掃除、洗濯、皿洗い。どれもどのようにすれば達成できるかわかっています。きちんとすれば必ず達成できる。しかも毎回少しずつ違う部分があり全く同じではありません。

以前お話した「ゲームの楽しさ」と同じような要素を持つ活動なんです。ところが、ゲームのように楽しめないのはなぜでしょうか。

まず一つは、最初に話したようにつまらない、できれば避けたいものと思い込んでしまっている。そのような気持ちで取り組めば、せっかくその過程で楽しいかもしれない要素も楽しめません。

また、終わった後の達成感はどうでしょうか。ゲームのように終わったあとに褒められたり、その成果を見て満足したりという報酬を得ているでしょうか。

そのような点をクリアすれば家事もゲームのような楽しい活動になります。

先日、ウチの子供とこんな会話がありました。

息子「ねえ、はやくUNOやろうよ」

私「皿洗い終わってからね」

息子「皿洗いはあとでいいじゃん」

私「皿洗いは面白いから先にやりたいんだよ」

息子「…じゃあ、僕も皿洗いする!」

勘違いしてほしくないのは、息子に皿洗いを手伝わせるためにそのような事を言ったわけではないということです。私自身、皿洗いは本当に面白いとおもっており、息子が皿洗いをする、と言い出したのはむしろ予想外でした。

息子が皿洗いするのを横目でみながら、もちろん息子は慣れてないので洗いが甘い部分もあります。そこで注意しなければならないのは「いっさい注意しない」ということです。

当然ですよね。皿洗いを楽しいと聞いてやっているのに横からあれこれ口を出されたら楽しくなんかありません。ゲームを楽しんでいる感覚で「こっちに皿を置くと洗いやすいよ」など攻略のコツを教えるにとどめます。洗いが甘い部分はあとでこっそり洗いなおせばいいのです。

そして息子の皿洗いが終わったらゲームをクリアしたかのように褒める。これで皿洗いから「お皿の汚れを効率よく落としてすすぐゲーム」のような楽しさを味わうことができます。実は後日また「お皿洗いしたい」と息子から言い出してきました。皿洗いはあまり経験したことがない活動で、上手にできるようになるのが楽しいのでしょう。そう、新しいスキルが身につくのは本来楽しいことなのです。

家事は楽しいのです。これはそう思い込め、という事ではなくゲームの楽しさを知っているのなら家事もゲームと同じように楽しめないわけがないという論理的解釈の話です。

勉強、家事などネガティブな感情でとらえられがちな活動をもう一度見直してみてください。

その活動は本当に面白くないものなのか、自分が好きな活動、たとえばゲームなどと何が違うのか。

そのように考えて日常にゲームの楽しさを取り込んでいく活動をARG(代替現実ゲーム)と言います。

ARGについてはまた時期をみてまとめたいと思います。

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